Magic Mouseを使い始めて何ヶ月か過ぎましたが今ではすっかり手に馴染み、それまで使っていた他のマウスやトラックボール、ペンタブレットなどはほとんど不要になりました。
マウスはJobsがXeroxの研究所で目撃したことがきっかけでパーソナルコンピュータの浸透にとって欠かせない物になりましたが、私にとっては腱鞘炎と肩こりの原因以外の何物でもありませんでした。
なのでこの数年間、会社でも家でもまったくマウスは使わず、ケンジントンのTurbo Mouse ProかWacomのintuos3をずっと使っていました。
映像の仕事をしなくなったこともありますが、オフィスワークに鞍替えしてから使い始めたMagic Mouseは初めてレギュラーで使ったマウスで、結果的にその使いやすさのおかげですっかり馴染んでしまいました。
先日発売されたMagic Trackpadを会社用に購入し使っているのですが、Magic Mouse以上に使いやすく再びマウスを使うことはなさそうに思います。
さて話の本題は、この画期的なデバイスを生み出したAppleのインターフェイスとイノベーションに対するこだわりです。
AppleのSteve Jobsは徹底して妥協を許さぬこだわりを絶対に譲らないことは、もはや誰もが知るところです。
それは例えば彼にとってのマウスは絶対に1ボタンでなければならず、ケータイは絶対にキーボード不要なのです。
長く続いた1ボタンマウスへのこだわりによって、その市民権を得るまでに長い道のりをたどってしまいました。
ずっと非難の矢面に立たされ続け、ようやくその市民権を得たのはMighty Mouseの時でした。
ある意味ではその制約が今日のMagic MouseやMagic Trackpadという形に進化し、さらにはジェスチャーをも取り込みデバイスを大きく拡張しました。
ボタンの無いケータイ電話も彼の理想である限り、絶対に譲らないでしょう。
だからiPhoneには最低限のボタンとディップスイッチしかない。
おそらくiPhoneのデザインは最終的に全てセンサーに置き換わり、何もボタンがない所に落ち着くかもしれません。
Appleのイノベーションはそうした絶対に譲らないJobsのこだわり(というある意味では制約)からひねり出されるアイデアが源泉なのでしょう。
イノベーションは個人のセンスに裏打ちされたひとりよがりやひらめき、思いつきのような物から生み出される予測不能のものなので、何かの法則やエリートが英知を結集した多数決のようないわゆる「本流」から生み出されることはほとんど皆無です。
前者はAppleを見れば明らかで、後者は情報スーパーハイウエイや日の丸検索エンジン、国産スパコンと言った国策IT事業の大失敗がその典型でしょう。
Jobsのようなイレギュラーな「傍流」から生み出される物の方が画期的で世界に大きな影響力を持つことになります。
それは一か八かの博打ではありますが、イノベーションは曖昧な物の上に成り立ち往々にしてハイリスクなものです。
だからほとんどは残念ながら失敗していきます。
Jobsの失敗代表作はNewtonやiPod Hi-Fi、G4 Cube等といわれています。
しかし、失敗に気づいたらさっさとやめる。
この早いサイクルでの試行錯誤もイノベーションには欠かせません。
NewtonやG4 Cubeなどは少数派ながらコアなファンが付き、惜しまれつつ世を去ることになってしまいましたが、商業的には失敗でした。
そうした数多くのイノベーションの中から生まれるわずかな一握りの成功が、世の中を大きく変えていくのだと思います。
それがiPhoneやiPad、そしてiTunesです。
そう考えると、イノベーションは芸術であり、Appleのイノベーションもまた然りではないでしょうか。



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