テレビ番組の劣化がひどいという話題を最近よく耳にするようになりました。
今年に入ってからその頻度は高く、個人的にもテレビは見たい番組も非常に少ないのですが、時代の一つの流れを感じることとしてテレビを見なくても特に話題に事欠かないことにも気づかされます。
それほどテレビはかつてとは違い、様変わりしてしまいました。
もはや人々の生活にとってそれほどウェイトを占めるものではなくなったようです。
この「メディア」のリプレイスを急速に推し進めたのは他でもないインターネットであることは言うまでも無いでしょう。
テレビ局を製造業に例えてみましょう。
番組製作予算が10年前に比べ3分の1とも言われるこの時代、これまで金と時間をかけて作り込んできた娯楽を生産することはもはや出来なくなりました。
従来の商品を生産することが出来ないのです。
しかし販売する商品を供給できなければ収益は上がらないので、より安価な商品を輸入するに至りました。
それが先のでも騒動に象徴される韓国ドラマ枠の増加です。
私企業の経営方針としては至極まっとうで合理的な選択ですが、調達した商品が韓国製であったがために政治的、文化的な非難に利用されたようにも見えます。
非難した人々にその認識があったかは分かりませんが、そもそもテレビ局は免許制の独占的で保護的な企業という面が強く、ライバルが少ないという面もあります。
基本的には民放在京キー局4社と公共放送の2波の中での競争なので、たの業界に比べれば格段に「楽」な業界でしょう。
さらに法律で海外資本規制なども加わり買収などによる資本効率も進まない、ライブドア事件のようなことが起きようものなら各局共闘してよそ者を排除する…
かつてテレビが批判した銀行よりも自身の方が護送船団方式で身を守ってきましたが、視聴者離れを食い止めることは難しいようです。
テレビは年寄りと主婦と子供のものと言われるように、番組製作の現場でも情報番組などは特に主婦層に対して「より分かりやすく」が基本的なポリシーとして存在します。
こうしたターゲティングはマーケティングとしては正しいのでしょうが、反面ターゲティングから外れたマーケットを取りこぼす結果が現状でしょう。
こうした現状を踏まえると、ポートフォリオの多様性を持たせる意味では輸入に頼らざるを得ないのが現実ではないでしょうか。
これらを踏まえて考えたとき、テレビ局の独占的な免許による保護、規制などは自らの首を絞める結果を招いています。
実は自由化した方が業界全体の活性化に繋がるのではないでしょうか。
もちろんそれが難しいのは電波利権として誰もが知る所ですが、おそらくいよいよ切迫する状況が来るときまで、そのリアリティはないのでしょうね。
今参加しているゲームが「沈む船の椅子取りゲーム」だとしたら、効率的に安定的にイスを独占することは非合理な選択ではないでしょうか。
この例えでは、船底の穴をふさぐか救命ボートに乗って逃げることが合理的だと誰もが気づきますが、それが分からないこともあると言うことですね。
ちなみに前述の予算削減のお話。
Vipper達が面白い答えを出してくれていました。
「予算が3分の1なら、番組も3分の1に減らせば良い」
確かに(笑)



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