電子出版と聞くと、既存の書籍やマンガなどのコンテンツをデジタイズするイメージが強いのですが、コンテンツをデジタルデータとして流通させるプラットフォームとして考えると、どんなモノでも電子出版できます。
電子出版で最も相性が良いのは既にデジタルデータ化されているコンテンツで、映像などはコーデックの違いぐらいのものでこれほど簡単なことはありません。
他のコンテンツと同様、映像もまたそのワークフローは既に完全にデジタルデータ化されており、収録から完パケにいたる全てがデータです。
収録メディアもテープレス化がかなり進んでおり、キャノンが先日発表した映像制作システムなどが示すように、もはやテープがなくなることは時間の問題でしょう。
その進化のスピードはオープンリールからカセットへ、アナログからデジタルへ、SDからHDへ移行したときよりも早いと思われ、もはや一般にはテープメディアは駆逐されてしまったと言っても過言ではないと思います。
テレビ局の現場ではまだまだテープが主流でしょうが、それは市場全体から見れば無視できるほど小さな部分でもあります。
逆説的にはアマチュアでもプロフェッショナルな環境が既に整ってしまっているとも言えます。
だからといってプロフェッショナルが不要というわけではありません。
コンテンツを誰でも供給できる環境が整った今、その方向性は大きく分けて2分化したと考えます。
従来のプロフェッショナルによる、映画、テレビのようなコンテンツに加え、ニコ生などの素人によるコンテンツです。
私自身はこの意味ではプロフェッショナルに分類される映像産業やコンテンツ産業に関わってきました。
しかし私が日々接しているコンテンツには確実にアマチュアのコンテンツが増えてきています。
ニコ生はラジオを彷彿とさせる中毒性と面白さがあると考えています。
この意味では、2chのひろゆき氏やiモードの父・夏野氏がかかわっていることもあり、プラットフォームとしては良く出来ているし、とても面白いと思います。
しかし、プロフェッショナル向けのこうしたプラットフォームはまだ存在しない。
私はここに大きなビジネスチャンスがあると考えます。
日本に於いて、特にテレビに関して言えば巨大なゼネコン構造が横たわっています。
コンテンツの制作機能は全体に対する割合としては局にはほとんど無く、子会社、下請け、孫請け、ひ孫請けなどのプロダクションが請け負う形で製作されているのが現状です。
テレビ各局の収益悪化はこうしたピラミッドで言えば底辺に近いプロダクションの経営環境を悪化させてしまいます。
アメリカではコンテンツの権利関係が明確で、基本的にプロダクションが製作したコンテンツを借り上げて局が流す方式をとっています。
日本では権利は局に帰属するため、製作会社の収益源は製作費だけです。
産業規模の違いもあるので一概に比較は出来ませんが、こうした構造はクリエーターに多大な負担が生じます。
こうしたアメリカ型の映像コンテンツ流通を既存のテレビ局で実現することは到底困難なので、あらたなプラットフォームデザインが必要なのではないでしょうか?
プロダクションにとって収益性があり、コンテンツをアプリケーション、サービスなど様々な形で流通させる自由なプラットフォームが理想です。
こうしたプラットフォームのアイデアがいくつかあります。
プラットフォーム上での競争は下請けの疲弊とは違う、良質の疲弊ではないでしょうか。
制作力のあるプロダクション、クリエーターが生き残り、良質のコンテンツが自由に流通できるプラットフォームこそがテレビを変え、映像を始めとするコンテンツ産業を変えていくのではないかと考えます。



コンテンツは流通してこそ価値がある…新しいプラットフォームデザインと流通 http://t.co/yewTzBjE