昨日書いた記事に、cybercatfishという方からTwitter経由でこのようなコメントを頂きました。
「こんなコストを後払いさせられる原発が一番安価なエネルギーだって言ってるの?」
記事の趣旨からは的を外していますが、指摘している点はとても全うだと思います。
事実関係として原発の発電コストは単位発電量当たり火力よりも安い。
原子力は燃料の調達と発電効率を見ると化石燃料よりもコストパフォーマンス的に有利なのでしょう。
しかし、今回の震災に由来する福島原発の事故で発生する社会的なコストは膨大な物になります。
私は専門家ではないので、実際にどれくらいのコストになるのか分析も比較もできませんが、少なくとも今回の事故によって既にある原発は今のままでは安全に運用することが疑わしくなったのは事実でしょう。
まして新しく作ることなど、社会的にも政治的にもかなり絶望的だと言えます。
一部には東京の電力をまかなうのだから原発を東京に作るべきという意見もあるようですが(そもそもコスト的に全く合わないアイデアですが)これらのコストを考慮するとそれが無理だというのは今回の事故で改めて証明されました。
私の生まれ育った地元には原発が2基あります。
さらに3号機建設が決定し、その規模は世界最大クラスの出力を持つ物でした。
今回の福島の事故でおそらくこの計画は白紙になると思われますが、地場産業のない地方都市にとっては経済的メリットが失われる事でもあるのです。
もともと大した産業のない地方都市でしたが、1号機2号機建設の頃は経済的に潤ったという事実があります。
原発の労働者を哀れむ声が多いですが、それによって雇用が生まれているというのも事実です。
日本の産業構造云々という所まで話を広げるつもりはありませんが、原発にはそうした地場産業という側面もあります。
電力会社とその子会社、更にそこから派生する下請けや孫請けに至るまで日本的ではありますが産業として成立しているのです。
彼らがその土地で消費することで私の地元は周辺都市よりも幾分人口が多く、結果相対的ではありますが豊かであると思います。
原発にはリスクの対価として補助金などを含め、立地都市に経済的恩恵を与えている事実は無視できないように思います。
だから原発を容認しろと言うつもりはありませんが、原発のある土地ではそれが現実だと思います。
今回の福島原発の事故はある意味他人事には思えません。
なぜならもし同様の事故が私の地元で起きた場合、繁華街も実家も何もかも数十年は住めないでしょう。
非現実的な廃炉にしてもそれでおしまいではないので、地元のリスク負担は軽減されても無くなりはしません。
現実解としては、作ってしまった物はより安全な運用をしていくしかないのです。
問題全体としては地場産業という視点はボトムでしょうが、これが今の日本の置かれた現状なのだと思います。
原発を抱える街はとても複雑なのではないでしょうか。
参考記事:エコ幻想の終わりー池田信夫



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